岩城宏之『チンドン屋の大将になりたかった男』(NHK出版、2000年10月)。NHK交響楽団の事務長だった有馬大五郎の伝記である。亡くなったのは1980年のこと。そんなに昔だったかなあ、と改めて思う。N響は有馬大五郎にとって「チンドン屋」であったというのが愉快だ。細々したエピソードを集めて全体に非常に面白く書けているが、終章の「チンドン屋の大将」は指揮者岩城宏之にしか書けなかったであろう。大五郎を語りながらも、自らの指揮者としての原点を振り返る。なかでも、カラヤンの教えは興味深いので、長くなるが引用しておこう。
カラヤンは岩城に言った。
「君はオーケストラを自由に引きずり回す指揮の能力を持っている。だが、さっき言ったように、もっと腕の力を抜くことだ。君の強力な腕の振り方で、オーケストラは時々ギーッという汚い音を出している。腕の力を抜いて、彼らに自由に弾かせるべきだ。つまり彼らが自分独自の美しい音を出すのを邪魔しないことだ。もっとも、私も三十年ぐらいかかってこの方法を会得したんだがね」
カラヤンは最後に、
「もっとも重要なことを君たちに教えてあげよう」
と言った。
「指揮というものは、『キャリー』であって、『ドライブ』ではない。乗馬すると仮定して考えてごろん。旗手が手綱を引き締めて、馬の一歩一歩すべてを命令する乗り方をドライブという。馬は確かに旗手の言うことを百パーセント守って歩むだろうが、馬自身は、どの瞬間も支配されていることを感じて楽しくないだろう。
キャリーとは、馬に旗手の存在を意識させないことだ。手綱を緩め、馬がいつも自分の自由意志で、好きなところに進んでいると思わせるのだ。しかし大事なことは、馬に旗手の存在を意識させないで、自由に行動させながら、全体的に完全に旗手の思いどおりに行動させることだ。結局は馬を完全に制御することなのだ。
指揮者とオーケストラの関係もまったくこのとおりだ。これと同じ関係だと私は思っている。
そしてもっとも大切なことは、『流れ』だ。音楽は時の中を美しく流れていくものである。この流れにオーケストラをうまく乗せて、流れに逆らったり、流れの邪魔をしてはいけない。とにかく、『流れ』だ」(342-343ページ)
ブックス | 2005年02月03日 | Track back(0) | コメント(0)
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